- 2014-12-07 :
- 生活
忘れえぬ別れ

今年もいろいろな出会いそして別れがありました。
トイプードルのOちゃんはその別れの中でも忘れることが出来ない一人でした。
夏休みも終わりに近づいたある日曜日の午後、手術を始めようとしていた矢先、1本の電話が鳴りました。「犬が動かないんです!」と、切羽詰った若い女性の声。
他の子の手術の麻酔にかかる直前でしたので、他の病院を紹介しようとも一瞬考えたのですが、ただならぬ気配を感じたのですぐ来院して頂くことにしました。病院が少しわかりずらい所にあるので何度か連絡を頂き、道案内をしながらようやくたどり着いたOちゃんを診ると、既に意識もなく、呼吸も絶え絶えの状態でした。
さっそく人工呼吸器をつけ緊急処置をしましたが、いつ呼吸が止まってもおかしくない状況でした。更に必要な処置をしながらそれまでの状況を聞くと、若い女性が買い物をしている間に男性がOちゃんを車のドアに挟んでしまったとのこと。Oちゃんは急にぐったり…出先の出来事でお二人は大慌て。地の利に疎く全く病院の当てもなかったので、ちょうど近く居合わせた方にスマホで病院を調べて頂いて、当院に巡り合ったそうです。そして、当院に向かう途中、Oちゃんの呼吸が止まりそうになったので、運転の合間を縫ってOちゃんに人工呼吸をしたそうです。
話を進めていくうちに、Oちゃんと一緒にいらっしゃったカップルはOちゃんのご家族ではなく、Oちゃんのご家族Mさんはご自身の膝の治療のため埼玉県川口市の病院に入院中で、入院の間Oちゃんを男性が一時的に預かっているということでした。そしてOちゃんに同行していたカップルも、Oちゃんのご家族もこのご近辺の方ではなく、区内、都外と遠くにお住まいの方たちでした。
来院までが色々複雑な状況でしたが、「とにかくOちゃんを助けなければならない…」と、手術の子のご家族に事情をお話し、急ぎの手術ではないので手術の延期をお願いしたところ、快く承諾していただき、Oちゃんの治療を進めることとなりました。
幸いOちゃんは呼吸が不安定ながら徐々に意識を回復し不安な顔でこちらを見ることができるようになりました。ただ、眼以外は動かすことが出来ず脱力したまま、寝たきりの状態が続きました。
日も暮れ、夜になっても状態は変わりません。入院中のMさんとなんとか連絡が取れ、Oちゃんの状態が厳しい旨をお伝えすると、「夜遅いけれど病院の外出許可をいただいて面会に来院したい」と希望されました。夜遅くに一時退院して来られるMさんのお体も心配でしたが、Oちゃんの容態もいつどうなるかわかりませんでしたので来院して頂くことになりました。
日付も変わるころMさんは膝にギブス、松葉杖の状態で来院されました。かわり果てた愛犬Oちゃんの姿を見て呆然としたMさん、そんなMさんに私たちもかける言葉がみつかりません。突然ふってわいたような出来事に困惑するのも当然です。
そうこうしているうちに、Mさんのルームメイトの友人とそのお母さんが夜半過ぎにも関わらずはるばる九十九里浜からMさんとOちゃんのために駆けつけてくれました。Mさんも心強かったことと思います。
そうこうしているうちにOちゃんの呼吸が安定してきたので人工呼吸器を外してみることにしました。いつでもまた装着できる準備をしていざ外してみると、なんと自力で呼吸ができるではないですか。その時の嬉しかったこと、これで何とかなるかもしれない、と皆で安堵しました。

朝陽が昇りAちゃんの呼吸も安定したので、病院に8時までに戻るという約束をしていたMさんはルームメイトのお母さんの運転する車で戻ることになりました。Oちゃんの状態は安定していたので笑顔でお送りすることが出来ました。
しかし、Mさんが出て行って30分程するとOちゃんの呼吸が突然不安定に・・・。
Mさんがいなくなった不安からでしょうか、あわてて再び人工呼吸器を装着し、ルームメイトの方に病院に向かっているMさんに現在の状況をお知らせいただきました。その連絡を受け、Mさんとルームメイトのお母さんは急いで戻ってきてくれました。Oちゃんも頑張ってくれていました。
このような不安定な呼吸状態となると、脳の呼吸をつかさどる神経が傷んでしまっている可能性があるので、二次病院での検査・治療が必要になってきます。
Mさんと相談し、二次病院へ転院する準備を始めることにしました。Mさんは以前Oちゃんが通院したことがある埼玉県三郷市の病院を希望されました。
ただ、ここからだと順調に行って車で1時間半、渋滞に巻き込まれるとさらにかかることが予想されました。とりあえずその病院に連絡すると院長先生が快く受け入れを承諾していただけました。ただ、その院長先生も距離が遠いのを心配されていました。私もその点は非常に心配なところでしたので、Mさんと相談し、1時間以内に到着できる所を再び探すことにしました。
近くの大学病院2ヶ所は9時からの受付でしたので、9時になるのを待って急いで電話しました。それ程Oちゃんの状態は不安定になっていたのです。
しかしどちらの大学病院も予約は数日先、民間の二次病院も数か所問い合わせましたが、早くて明日の診療でした。Oちゃんの状況は予断を許さず、そこまではどうしても待てない状況でした。
そして、見つけ出したのは以前私が勤めていた院長がお勧めの病院でした。、そこならMRIもありますし、神経専門の先生もいます。更に、ここから1時間かからず到着することができます。早速電話すると神経の先生は明日の診察になるが、受け入れを承諾して頂けました。私たちスタッフ、Mさん、ルームメイトの友人、友人のお母さん皆でこれで助けてあげられるとホッとしました。
そうなると今度の問題は病院までの移動です。移動中に呼吸停止することも十分考えられる状況でしたので、病院スタッフ同行での搬送しか考えられず、急遽午前中の診察を休診にし、救急搬送することとしました。午前中診察にせっかく来院していただいた方にも事情を説明し午後の診察に変えていただきました。
病院のスタッフが運転する車にOちゃんを抱っこしたMさんと院長が乗り、ルームメイトの友人はお母さんと共にお母さんの車でついてきてくれることになりました。移動中何があってもいいように救急道具をつみこんで移動を開始しました。移動中、何度もOちゃんの状態を確認しましたが、Mさんに抱かれたOちゃんは呼吸も安定し落ち着いてくれていました。45分程で到着しましたが何とも長く緊張した時間でした。
二次病院に到着後、色々検査をした後、入院などの手続きに入り、私たち病院のスタッフは自分の病院の午後の診察のために先に帰りました。帰りは無事に引き渡しが出来た安堵でいっぱいでした。また、Mさんは友人のお母さんの車でご自身の病院に無事に戻れたそうです。
翌日、転院先の病院の先生から連絡がありました。私たちが帰った後、Oちゃんに付き添って治療していましたが、夜中にOちゃんの呼吸が再びおかしくなりMさんに再来院していただき、処々の症状から、今後治療を続けても回復が厳しいという説明を受けたMさんはOちゃんのことを思い、納得した上で人工呼吸器を外すこととしたそうです。Oちゃんは間もなく亡くなったとのことです…。残念でした…。
後日Mさんはルームメイトの方とわざわざ挨拶に来院して下さいました。
「この病院に巡り合ったことに感謝しています。」という言葉をいただき、助けてあげられなかったことに対して申し訳なく、また悔しい気持ちが少し救われたように思いました。Oちゃんがいなければ、そしてこの事故が無ければ決して巡り合うことが無かったであろう多くの人の気持ちの温かさに触れることができたことに感謝する一方、2歳という若さで亡くなってしまったOちゃんを助けてあげられなかった後悔が残る出来事でした。
気懸りなのは、Oちゃんを巡る多くの人がOちゃんに対して行った行為に対し、ご自身を責めることが無いよう祈るばかりです。Mさんは入院のためOちゃんを預けたこと、ルームメイトの友人は帰省のため預け先を変えてしまったこと、男性はOちゃんを怪我させてしまったこと…。
OちゃんはMさんの職場でみんなを癒す“癒し係”として活躍中の立派な社員さんだったそうです。みんなの心に大きな足跡を残して旅立ってしまったOちゃん、そんなOちゃんに私たちが出来ることはOちゃんのように人の心を和ませてあげられるよう心がけることかもしれません。
Oちゃんは今頃お空のどこかでみんなの心の間を飛び回って癒してくれていると思います。

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